今川展オープニングイベント「宮中雅楽」鑑賞レポート [ギャラリー散歩]
2017年6月3日(土)藤枝市郷土博物館の展示
「駿河の戦国大名 今川氏展」のオープニングイベントとして、
「宮中雅楽」の公演があると聞いて、早めに会場入りしてみました。
定員は、60人。ほぼ、いっぱいです。
博物館ロビーには、「今川義元公」像と「今川氏輝公」像を
映したバナーが飾られていました。
実はこれ、静岡市葵区の「臨済寺」の大方丈に安置されている
「今川義元公」「今川氏輝公」の木像を、臨済寺のご許可を得て、
実物大に写真を引き伸ばさせてもらったものだそうです。
臨済寺では通常、非公開で、春(5/19)と秋(10/15)の
特別公開日にしか見られません。
今川氏は、駿河遠江を230年に渡って治めた格式高い名門大名で、
戦国時代には京都から公家や貴族が駿河に下り、
都の文化がもたらされ、能楽や舞楽、蹴鞠、香道など、
日本伝統の文化を花開かせ、
戦国三大文化にも挙げられています。
この日のご出演は、「まきたあきこ☆翁雅楽会」の皆さんです。
まきた先生は、静岡で代々社寺の雅楽師を務めてきた
牧田家のご出身で、幼少の頃より雅楽に親しんでいらっしゃったそうです。
国学院大学神道研修課に学び、
宮内庁式部職楽部の先生方より、
舞や笙、篳篥(ひちりき)、笛などのご指導を受けられており、
国内だけでなく、海外でも宮中雅楽の公演を行い、ご活躍されています。
まずは雅楽の演奏です。
「笙(しょう)」という楽器を演奏しながら入場されました。
雅楽で用いられる「笙」は、その形から
翼を立てて休んでいる鳳凰に見立てられて
「鳳翔(ほうしょう)」と呼ばれたりするそうです。
瓠(ふくべ)という部分の上に、17本の竹管を円形に配置し、
竹管に開けられた指穴を抑えて、瓠の横に開けられた吹き口より、
息を吸ったり吐いたりして、音を出します。
その材料は「すす竹」が使われているそう。
瓠には、蒔絵が施されることも。
17本の竹管のうち15本には金属製の簧(した:リード)が付けられていて、
共鳴させて音が出るのだそうです。
その音階は、
千(せん)十(じゅう)下(げ)乙(おつ)工(く)美(び)
一(いち) 八(はち) 也(や)言(ごん)七(しち)行(ぎょう)
上(じょう)凢(ぼう)乞(こつ)毛(もう) 比(ひ)
となっていて、そのうち「也・毛」の2つは、現代では、
簧が付けられておらず無音であり、外観を整えるために竹が残されているとか。
その「也(や)」と「毛(もう)」から「野暮(やぼ)」という言葉が
派生したという説もあるそうな。
「笙」は、その構造上、呼気によって内部が結露しやすいので、
火鉢やコンロを持ち込んで、温めながら準備するのだそうです。
(参考=Wikipedia)
ホッカイロなども活躍するそうです。
こちらは「龍笛」
こちらは「篳篥(ひちりき)」
続いて見せてくださったのは、「陵王の舞」に使われる「雅楽面」。
この面を付けて舞う時と、付けないで舞う時があるそうです。
正式には付けるのですが、この日は、正式な衣装をつけると
それだけで1時間以上準備にかかってしまうので、
略式(といっても本物です)の衣装で舞うそうです。
それでも本物の面を見て欲しいとお持ちくださいました。
ここで、まきた先生は、着替えの準備をなさいます。
その間、お弟子さんたちが、舞ってくださいました。
先生の他での公演の資料を紹介してくださいました。
今回は、国内でもまきた先生のほか数名しか舞うことができないという、
勇壮な舞「蘭陵王の舞」を特別に披露してくださるのだそう。
この舞は、宮中の晩餐会や園遊会で舞われるような高貴なものです。
今回は会場の都合で、生演奏とはいきませんが、
とても貴重な機会となるようです。
特別に撮影の許可もいただきました。
勇壮な舞でした。
先生は大きな体ではないのですが、とても大きく立派に見えました。
皆さまが揃ってご挨拶です。
午後の部は14:00〜。
雅楽を観ることは滅多にできないので、
午後の部も拝見することにしました。
少し、場所を変えて座りました。
お弟子さんたちの舞です。
いよいよ「蘭陵王の舞」です。
「まきたあきこ・翁雅楽会」の皆さま、
ありがとうございました。
氏輝公と、義元公の間に立っていただきました。
まきた先生、素晴らしい舞をありがとうございました。
「駿河の戦国大名 今川氏展」のオープニングイベントとして、
「宮中雅楽」の公演があると聞いて、早めに会場入りしてみました。
定員は、60人。ほぼ、いっぱいです。
博物館ロビーには、「今川義元公」像と「今川氏輝公」像を
映したバナーが飾られていました。
実はこれ、静岡市葵区の「臨済寺」の大方丈に安置されている
「今川義元公」「今川氏輝公」の木像を、臨済寺のご許可を得て、
実物大に写真を引き伸ばさせてもらったものだそうです。
臨済寺では通常、非公開で、春(5/19)と秋(10/15)の
特別公開日にしか見られません。
今川氏は、駿河遠江を230年に渡って治めた格式高い名門大名で、
戦国時代には京都から公家や貴族が駿河に下り、
都の文化がもたらされ、能楽や舞楽、蹴鞠、香道など、
日本伝統の文化を花開かせ、
戦国三大文化にも挙げられています。
この日のご出演は、「まきたあきこ☆翁雅楽会」の皆さんです。
まきた先生は、静岡で代々社寺の雅楽師を務めてきた
牧田家のご出身で、幼少の頃より雅楽に親しんでいらっしゃったそうです。
国学院大学神道研修課に学び、
宮内庁式部職楽部の先生方より、
舞や笙、篳篥(ひちりき)、笛などのご指導を受けられており、
国内だけでなく、海外でも宮中雅楽の公演を行い、ご活躍されています。
まずは雅楽の演奏です。
「笙(しょう)」という楽器を演奏しながら入場されました。
雅楽で用いられる「笙」は、その形から
翼を立てて休んでいる鳳凰に見立てられて
「鳳翔(ほうしょう)」と呼ばれたりするそうです。
瓠(ふくべ)という部分の上に、17本の竹管を円形に配置し、
竹管に開けられた指穴を抑えて、瓠の横に開けられた吹き口より、
息を吸ったり吐いたりして、音を出します。
その材料は「すす竹」が使われているそう。
瓠には、蒔絵が施されることも。
17本の竹管のうち15本には金属製の簧(した:リード)が付けられていて、
共鳴させて音が出るのだそうです。
その音階は、
千(せん)十(じゅう)下(げ)乙(おつ)工(く)美(び)
一(いち) 八(はち) 也(や)言(ごん)七(しち)行(ぎょう)
上(じょう)凢(ぼう)乞(こつ)毛(もう) 比(ひ)
となっていて、そのうち「也・毛」の2つは、現代では、
簧が付けられておらず無音であり、外観を整えるために竹が残されているとか。
その「也(や)」と「毛(もう)」から「野暮(やぼ)」という言葉が
派生したという説もあるそうな。
「笙」は、その構造上、呼気によって内部が結露しやすいので、
火鉢やコンロを持ち込んで、温めながら準備するのだそうです。
(参考=Wikipedia)
ホッカイロなども活躍するそうです。
こちらは「龍笛」
こちらは「篳篥(ひちりき)」
続いて見せてくださったのは、「陵王の舞」に使われる「雅楽面」。
この面を付けて舞う時と、付けないで舞う時があるそうです。
正式には付けるのですが、この日は、正式な衣装をつけると
それだけで1時間以上準備にかかってしまうので、
略式(といっても本物です)の衣装で舞うそうです。
それでも本物の面を見て欲しいとお持ちくださいました。
ここで、まきた先生は、着替えの準備をなさいます。
その間、お弟子さんたちが、舞ってくださいました。
先生の他での公演の資料を紹介してくださいました。
今回は、国内でもまきた先生のほか数名しか舞うことができないという、
勇壮な舞「蘭陵王の舞」を特別に披露してくださるのだそう。
この舞は、宮中の晩餐会や園遊会で舞われるような高貴なものです。
今回は会場の都合で、生演奏とはいきませんが、
とても貴重な機会となるようです。
特別に撮影の許可もいただきました。
勇壮な舞でした。
先生は大きな体ではないのですが、とても大きく立派に見えました。
皆さまが揃ってご挨拶です。
午後の部は14:00〜。
雅楽を観ることは滅多にできないので、
午後の部も拝見することにしました。
少し、場所を変えて座りました。
お弟子さんたちの舞です。
いよいよ「蘭陵王の舞」です。
「まきたあきこ・翁雅楽会」の皆さま、
ありがとうございました。
氏輝公と、義元公の間に立っていただきました。
まきた先生、素晴らしい舞をありがとうございました。
2017-06-03 23:56
nice!(0)
コメント(0)
トラックバック(0)
コメント 0