2019.0921(土)第79回企画展「音にきこゆるVol.4 島田の刀鍛冶とそのルーツ」オープニングセレモニー [ヒストピア島田]
2019年9月21日(土)
第79回企画展「音にきこゆるVol.4 島田の刀鍛冶とそのルーツ」初日です。
今年も、「武将隊TOKYO」の徳川家康公が駆けつけました。
開館は、9:00でしたが、オープニングセレモニーは、10:00〜。
司会は、いつも明るい、片川乃里子さん。
今日もよろしくお願いいたします。
最初は、染谷島田市長のごあいさつ。
殿、登場です。
メイン看板の前で、染谷市長と2ショット写真、
お似合いです!!
今回の展示のテーマは、「島田の刀鍛冶とそのルーツ」。
島田鍛治を代表する刀工
【義助】「御手杵」を作りました。
大身槍を作らせたら天下一と称された島田鍛治頭領
【助宗】「おそらく造り」を作りました。
様々な作風を使いこなした島田鍛治屈指の名工
【広助】「重要美術品」もあります。
豪壮なつくりの刀を得意とした刀工
【元助】二代義助の子とされる刀工です。
島田鍛治の異端児
【輝吉】天文年間から作刀していました。
作刀例が少ない幻の名工
【義綱】各地に招かれ作刀しました。
相模国や遠江国でも作刀した刀工
【忠義】
島田鍛治最後の刀工
永禄2年に作られた「おそらく造り」義助の美しい短刀です。
映画「引っ越し大名!」でも活躍の「御手杵」ですが、
今回、こちらでも見られますよ。
まずは、「比企御手杵レプリカ」です。
Facebookページは、こちら。
天下三名槍の一つに数えられる「御手杵の槍」ですが、
戦国時代に下総国の戦国武将「結城晴朝」の注文により、
島田鍛治の義助が製作したとされます。
刃長140cmという規格外の槍です。「結城晴朝」の後は、
徳川家康の次男で、結城家に養子に入った「結城秀康」、
その血筋を引く松平大和守家に伝来しましたが、
惜しくも太平洋戦争の戦果で失われたのだそうです。
持っているのは、「本阿弥光遜(ほんあみこうそん)」氏。
昭和戦前期には、松平大和守家の刀剣手入れを任されていたそうです。
群馬県前橋市に生まれ、のちに室町時代以来、
刀剣の研ぎや鑑定で知られる「本阿弥家」を継ぎました。
現在、日本刀の基本的な分類として知られる、
「五ケ伝」を体系化したのも「光遜」氏だそうです。
こちらの写真は1029年の「キング」誌に掲載されたもの。
「御手杵」の鞘を持つ「光遜」氏。
このパネルをご覧になっているのが、
「光遜」氏の孫弟子にあたる「萩光明」氏。
刀剣研ぎ師であり、刀剣鑑定家(無鑑査)で、
師匠から「光」の字をいただいているのだそうです。
そのお隣に並ぶ刀は、こちら。
「脇差 銘 九州肥後同田貫 兵部」です。
この写真を見たら、きゅんきゅんする方がいるかも!?
驚くべきことに、今回の展示は、なんと写真撮影OKなのですよ。
ぜひ、お気に入りの刀剣を!この2ショットを!!
撮りにいらしてください。
刀には色々なパーツがあり、それぞれに名前があります。
パネルで紹介されています。
拵(こしらえ)のパーツの紹介もあります。
美しいですね。
徳川家康公が、今回の展示の質の高さに感心してました。
特に「槍」が充実していると。
鞘の螺鈿も美しいです。
まだまだ、たくさんあります。
「とくとご覧あれ!」
刀剣ではおなじみの「天下三迷走」トリオも健在です。
徳川家康公が御出陣の日には、お目にかかれますよ!
その日程は、こちらでご確認を。
この日行われた「名刀写しを持ってみようレポートは、こちらで。
第79回企画展「音にきこゆるVol.4 島田の刀鍛冶とそのルーツ」初日です。
今年も、「武将隊TOKYO」の徳川家康公が駆けつけました。
開館は、9:00でしたが、オープニングセレモニーは、10:00〜。
司会は、いつも明るい、片川乃里子さん。
今日もよろしくお願いいたします。
最初は、染谷島田市長のごあいさつ。
殿、登場です。
メイン看板の前で、染谷市長と2ショット写真、
お似合いです!!
今回の展示のテーマは、「島田の刀鍛冶とそのルーツ」。
島田鍛治を代表する刀工
【義助】「御手杵」を作りました。
大身槍を作らせたら天下一と称された島田鍛治頭領
【助宗】「おそらく造り」を作りました。
様々な作風を使いこなした島田鍛治屈指の名工
【広助】「重要美術品」もあります。
豪壮なつくりの刀を得意とした刀工
【元助】二代義助の子とされる刀工です。
島田鍛治の異端児
【輝吉】天文年間から作刀していました。
作刀例が少ない幻の名工
【義綱】各地に招かれ作刀しました。
相模国や遠江国でも作刀した刀工
【忠義】
島田鍛治最後の刀工
永禄2年に作られた「おそらく造り」義助の美しい短刀です。
映画「引っ越し大名!」でも活躍の「御手杵」ですが、
今回、こちらでも見られますよ。
まずは、「比企御手杵レプリカ」です。
Facebookページは、こちら。
天下三名槍の一つに数えられる「御手杵の槍」ですが、
戦国時代に下総国の戦国武将「結城晴朝」の注文により、
島田鍛治の義助が製作したとされます。
刃長140cmという規格外の槍です。「結城晴朝」の後は、
徳川家康の次男で、結城家に養子に入った「結城秀康」、
その血筋を引く松平大和守家に伝来しましたが、
惜しくも太平洋戦争の戦果で失われたのだそうです。
持っているのは、「本阿弥光遜(ほんあみこうそん)」氏。
昭和戦前期には、松平大和守家の刀剣手入れを任されていたそうです。
群馬県前橋市に生まれ、のちに室町時代以来、
刀剣の研ぎや鑑定で知られる「本阿弥家」を継ぎました。
現在、日本刀の基本的な分類として知られる、
「五ケ伝」を体系化したのも「光遜」氏だそうです。
こちらの写真は1029年の「キング」誌に掲載されたもの。
「御手杵」の鞘を持つ「光遜」氏。
このパネルをご覧になっているのが、
「光遜」氏の孫弟子にあたる「萩光明」氏。
刀剣研ぎ師であり、刀剣鑑定家(無鑑査)で、
師匠から「光」の字をいただいているのだそうです。
そのお隣に並ぶ刀は、こちら。
「脇差 銘 九州肥後同田貫 兵部」です。
この写真を見たら、きゅんきゅんする方がいるかも!?
驚くべきことに、今回の展示は、なんと写真撮影OKなのですよ。
ぜひ、お気に入りの刀剣を!この2ショットを!!
撮りにいらしてください。
刀には色々なパーツがあり、それぞれに名前があります。
パネルで紹介されています。
拵(こしらえ)のパーツの紹介もあります。
美しいですね。
徳川家康公が、今回の展示の質の高さに感心してました。
特に「槍」が充実していると。
鞘の螺鈿も美しいです。
まだまだ、たくさんあります。
「とくとご覧あれ!」
刀剣ではおなじみの「天下三迷走」トリオも健在です。
徳川家康公が御出陣の日には、お目にかかれますよ!
その日程は、こちらでご確認を。
この日行われた「名刀写しを持ってみようレポートは、こちらで。
2019-09-22 12:44
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